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高知地方裁判所 昭和50年(ワ)29号 判決

原告

森本純喜

被告

国際教育開発株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金六八〇万二一二八円及び内金六二〇万二一二八円に対する昭和五〇年二月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は訴外亡森本佳代の母であり、被告は教育関連商品の販売会社で、亡森本佳代及び訴外平松繁を外交員として使用していた者である。

2  亡森本佳代は、被告会社の業務のため、平松繁の運転する普通乗用自動車に同乗し、昭和四八年四月一五日午前一一時四三分頃高知県土佐市市野々一〇〇番地先道路上を西に向つて走行していたところ、平松繁は運転をあやまり、車両を道路外に落し、旅客バス構内に停車中のバスに激突させた。

このため、森本佳代は脳挫傷の重傷害をうけ約五時間後に死亡した。

3  本件事故は、被告の被用者である訴外平松繁が、被告の事業(商品販売)の執行中に発生させたものであるから、被告は民法七一五条一項により原告が蒙つた全損害を賠償すべき義務がある。

4  原告の損害

(一) 森本佳代の逸失利益

亡佳代は、昭和四七年一一月一六日被告会社に外交員として入社し、本件事故時まで月額平均金一二万円の報酬を得ていたから、亡佳代の一ケ月の逸失利益は、販売活動費三分の一、生活費三分の一を控除した金四万円と見るべきである。

ところで亡佳代は、本件事故時一九歳で健康であつたから、六三歳まで四四年間の就労が可能であつたはずである、そこでホフマン式方法で計算すれば次の通り金一一〇〇万三〇四〇円となる。

(4万円×12ケ月)×22.923(44年の指数)=1,1003,040円

そして原告は、亡佳代の唯一の相続人(母)として右損害賠償債権を法定相続した。

(二) 慰謝料(金五〇〇万円)

原告は佳代を女手一つ(夫は昭和四五年一月死亡)で高等学校に通学させて教育し、親子の仲は円満であつた。

従つて、原告のうけた精神的打撃は多大でありその慰謝料は金五〇〇万円が相当である。

(三) 弁済関係(金五〇〇万円)

自賠責保険より金五〇〇万円の保険金を受領しているので、前記原告の損害金に充当する。

(四) 弁護料(金六〇万円)

原告は本件訴訟を弁護士大坪憲三に委任し、着手金として金一〇万円を支払い、他に成功報酬として判決主文金額の一割を支払う事を約している。

そこで本訴では、着手金一〇万円成功報酬金五〇万円計金六〇万円を本件事故に相当因果関係ある損害として請求する。

5  以上の通り原告は、被告に対し金一一六〇万三〇四〇円の損害賠償債権を有しているが、本訴においては、右金員のうち弁護料の全額と、その余の金員の七割の合計金六八〇万二一二八円と、これから弁護料を控除した金六二〇万二一二八円に対する昭和五〇年二月七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1の内、亡森本佳代と訴外平松が被告会社の外交員であることは否認する。

(二)  被告会社は、訴外株式会社テイ・ビー・エス・ブリタニカまたはその関連会社が開発した商品を販売する会社であり、訴外平松とは、昭和四八年一月二九日右商品に関する販売委託契約を締結したのみであり、従つて、同人は被告会社の外交員ではない。このことは亡森本佳代の場合も同様である。

(三)  被告会社では販売委託契約者をクリエーターと呼び、雇用契約を結んだ従業員とは厳格にこれを区別している。

そしてクリエーターに対してはクリエーター取扱規定によつてその事務を処理している。

被告会社とクリエーター間の事務連絡、情報交換、商品の受渡しは一定の日時、場所を定めて行ない、その際相互の情報交換、業績向上のためにミーテイングの場所を提供し、かつ、販売方法などについて被告会社が一般的に、または個別的に助言指導を行つているが、このために被告会社がクリエーターに対して労務管理をしたことはない。ただ、個々のクリエーターが自己の業績の向上を図るため、自発的に自己の費用でノート等を購入し、営業日誌に類似した事項をこれに記入して、被告会社のクリエーター担当者に提出すれば、被告会社としては、これに対して好意的な助言と指導を行つていたことはある。

2(一)  同2の内、亡佳代と訴外平松が、原告主張の日に、被告会社のため自動車を運行していたことは否認する。

(二)  訴外平松は、販売委託契約者であり、被告会社とは別個の立場において自己の所有する自動車によつて訴外平松自身の業務を行つていたものである。

そして、亡佳代も平松が被告会社の従業員でないことは知悉しており、右の如く自己の販売活動のため自動車を運行するものであることを知り、かつ、同女自身も自己の業務として、商品の販売に赴くため、平松の自動車に同乗していたものであつて、被告の事業の執行のために、その業務に従事したものでもない。

(三)  その余の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の内、亡佳代が被告会社の外交員であること、月額平均一二万円の報酬を得ていたことは否認し、その余の事実は不知。

三  抗弁

仮りに平松、亡佳代の両名が従業員だと仮定しても、

(1)  訴外平松は被告会社の命令、すなわち、社内通達にことさらに違反して自己の所有自動車を用いて販売活動に従事し。

(2)  亡佳代は訴外平松が被告会社の命に違反して自己の所有自動車を用いて販売活動を行つていることを知りながらこれに好意同乗し。

(3)  訴外平松と訴外佳代は変愛中であつて、訴外平松は常識で考えられない運転の誤りにより、旅客バス構内に停車中のバスの横に激突して本件事故を起こしたものである。

従つて、被告会社は民法七一五条一項但書により免責されるべきである。

万一同条項による免責の主張が認められないとしても、右状況下における好意同乗者として被告会社は免責されるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。被告会社の高知支店においては、自動車による販売や、同乗させることをすすめていたのである。

第三証拠〔略〕

理由

一  昭和四八年四月一五日午前一一時四三分ごろ、高知県土佐市市野々一〇〇番地先の道路上において、平松繁運転の自動車が、同人の運転上の誤りによつて交通事故を起し、そのため、同車に同乗していた森本佳代は、脳挫傷等の重傷を負い、約五時間後に死亡したこと、原告は右亡佳代の母であること、以上の事実については当事者間に争いがない。

二  そこで、右平松繁及び亡森本佳代と被告会社との関係について検討する。

成立について争いのない甲第三、第四号証、第六、第七号証、乙第一、第二号証、第七号証、証人平川順道の証言、同証言によつて成立の認められる乙第一一号証、証人平松繁、同薦田義勝の各証言と原告本人尋問の結果によれば、

1(一)  被告会社は、いわゆるブリタニカ百科辞典等の販売を主とする会社であり、昭和四七年高知市本町二丁目ミロク興産ビル三階に支店を設け、右販売活動に携わる人を募集する新聞広告を出していたが、それによれば、社員を募集しているものであるような表現をとつていた。

(二)  しかし、被告会社においては、ブリタニカ百科辞典の販売が中心であつたため、社員は少なく、ほとんどが、受注業務を委託する委託販売員(被告会社では、この人達をクリエーターと称し、被告会社が辞典等を販売するに当り、クリエーターに受注業務を委託することを中心とした契約である。従つて以下ではこの人達のことをクリエーターということがある。)であつた。

(三)  そして、被告会社では新聞広告で応募してくる人達に対し、種々の条件を説明し、クリエーターの方が収入が高額であるとして、ほとんどの応募者とクリエーターとしての委託契約を結んでいた。

(四)  亡森本佳代は、昭和四七年一一月一六日付で被告会社のクリエーターとなつたものであるが、被告会社においては右委託契約を締結するについては、連帯保証人をつけることを要求していたので、原告も娘である佳代からの説明によつて、佳代が被告会社のクリエーターになることを了解して、森本佳代と被告会社間の委託契約から生ずる種々の義務についての連帯保証人となつた。

平松繁と被告会社との関係も、亡森本佳代の場合と全く同様であるが、平松がクリエーターになつたのは、昭和四八年一月一二日である。

(五)  被告会社の高知支店においては、クリエーターは、毎日午前九時に支店に集まり、五時に帰るきまりとなつており、その旨の出勤簿も備えてあり、販売活動に用いるものとして、サンプルの辞典が一冊とパンフレツト等が入つた鞄を貸与(使用料はとられるが)され、それを持つて、各人が各人の費用で各地をまわつて、ブリタニカ百科辞典の購入者から注文をとつてあるくのが仕事であつた。

(六)  収入については、固定給はなく、ブリタニカ一セツト(価格金一三万八二〇〇円)の注文をとると金二万円(クリエーターとしての格が上ると増額する。)が週給で支払われることになつていたが、実際には週給分としては金一万四〇〇〇円が支払われ、残額金六〇〇〇円については、三か月分をまとめて、ボーナス形式で支給されることになつていた、勿論、右支給額の中から、パンフレツト等の費用を手数料名目で控除されていた。

(七)  被告会社の高知支店においては、ブリタニカの販売については、一課から三課に分れ、各課に五、六名のクリエーターが所属していたが、前記の如く、収入が歩合給であるため、高知支店長の三橋信二は、午後五時以後各クリエーターを集めて、ミーテイングと称して会合を開き、各クリエーターに、その日の販売活動状況を記帳したノートを作らせて、これに適当な助言を記載するような方法をとつていた。

また、被告会社においては、各クリエーターから申出があれば、被告会社の名称や、所在地及びそのマークの印刷された名刺を各人の費用負担ということで作成し交付していた。

(八)  ところで、亡森本佳代が、クリエーターとなつてから死亡するまでの間(昭和四七年一二月から四八年四月まで)の月間の収入は昭和四七年一二月の金一九万八〇〇〇円を最高として合計金五九万二〇〇〇円であつた。

訴外平松の場合も、亡森本佳代と同様であり、ただ収入の点で差があるのみであつた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  原告は、被告会社においては、クリエーターに対し支店に集まる時間(これを出勤時間と表現するのが正確であるのか否かは別として)や帰社の時間を指示し、帰社後においてもミーテイングと称して、販売活動状況の報告を受けたり、これに対する助言指導をしていること、各クリエーターに対し、被告会社の所在地や名称及びマーク入りの名刺を持たせている等を理由として、平松や森本佳代は、被告会社の被用者であつたと主張しているわけであり、右原告の主張事実は前認定のとおりほぼ認められるものの、しかし、クリエーターというのは、被告会社と、被告会社の販売するブリタニカ辞典等の受注業務を委託する旨の委託契約を結んだものであることは前記のとおりであり、その収入も全く売上に対する歩合給であることから考えると、各クリエーターというのは、被告会社の被用者ということはできず、やはり被告会社からは独立した営業主体とみるのが相当である。

もつとも、被告会社高知支店においては、出社や帰社の時間を定め、販売活動に対する助言や指導を行つてきたことは前述のとおりであるが、これは各クリエーターに対する被告会社の好意であるとのみ受取ることはできないにしても、それだからといつて、そのことから各クリエーターを被告会社の従業員と解すべきであるとの理由とはならないものと考える。

なんとなれば、各クリエーターは全くの歩合給であり、売上を増すことによつて自己の収入も増加する関係にあり、販売活動に対する適切な助言や指導が直接収入に影響するのは各クリエーターであり、被告会社は各クリエーターの受注量が多ければ、それによつて販売量が増加し、そのため利益の増加が期待できるという、いわば間接的利益を受ける立場にあることが明らかであり、これらの点からすれば、証人薦田義勝、同平川順道の証言どおり各クリエーターに対する指導や助言は、各クリエーターの利益向上のためのものであり、出社や帰社の時間を定めたのは、その助言や指導を効果的にするための補助手段であつたと認めるのが相当だからである。

また、原告は、被告会社のした新聞広告や各クリエーターに交付していた名刺の点からも、平松が被告の被用者であつたとみるべきであるとしているが、本件の場合は、平松繁も亡森本佳代も被告会社のクリエーターとして働いていることを互に知つていたこと、原告自身もそのことを知りながら亡佳代の連帯保証人となつたものであること、従つて、関係人全員がクリエーターというのは、被告会社との間に労働契約が結ばれていないことを知つていたものであるから、被告会社が新聞広告で社員を募集するかの如き表現方法をとつたとか、各クリエーターに、被告会社の従業員であるかの如き名刺の使用を許していたとかの事情は、前記認定の妨げとなるものではない。

三  以上説示のとおり、平松繁が被告会社の被用者であると認められない本件においては、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおりと判決する。

(裁判官 荒川昂)

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